市川国際奨学財団 Ichikawa International Scholarship Foundation

交流活動

2月岡山宿泊交流研修会

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2月27日(金)28日(土)に宿泊交流会を開催しました。

一日目は昨年同様、今年もハンセン病について学びたいと国立療養所邑久光明園を訪問させて頂きました。
今年は、山本副自治会長の講話から人間回復の橋にかけた想いをお聴きすることができ、
午後は 学芸員の太田さんから園内フィールドワーク後、展示室資料の説明もお受けできました。
参加者全員が積極的に山本副会長、太田学芸員に質問していた姿にさすが市川国際奨学財団の奨学生だと
改めて感じております。
夕食を食べながら邑久光明園で感じたことをはなしあい、差別の観点から出身国のジェンダーの課題を
語り合えたことも印象的でした。

二日目は、直島アートサイトへの訪問。
アートを楽しみながら、街歩きをして、交流を深めた一日となりました!


それでは、参加者の感謝レターもお読みください。

このたびは、邑久光明園を訪問する貴重な機会をいただき、誠にありがとうございました。今回の研修を通して、ハンセン病の歴史や当時の社会状況について理解を深めることができ、大変貴重な経験となりました。
私にとって、ハンセン病療養所を実際に訪れるのは今回が初めてでした。邑久光明園は島に位置し、一本の橋だけで外の世界とつながっています。実際に訪れてみると、資料や文章から得た知識とは異なり、隔離されていた当時の空気や環境をより現実的に感じることができました。訪問前に自分なりにハンセン病について調べていましたが、それはあくまで文字としての情報にすぎず、現地に立つことで初めて歴史の重みや、人々が実際に生きてきた現実を強く実感しました。
山本自治会副会長のお話は、特に印象に残っています。ご自身の経験をもとに当時の状況について語ってくださり、同時に未来への希望も伝えてくださいました。実際にその時代を生きてこられた方から直接お話をうかがう機会は非常に貴重であり、その言葉には強い説得力と重みがありました。ハンセン病は現在では治療法も確立され、将来的にはほとんど見られなくなる病気になるかもしれません。しかし、その歴史が語り継がれなければ、社会の記憶の中で次第に風化してしまう可能性もあると思います。実際に経験された方の言葉だからこそ、人々の心に深く響き、当時の状況をより具体的に想像することができるのだと感じました。
また、太田学芸員によるフィールドワークも非常に印象深いものでした。太田学芸員の説明はとても分かりやすく、豊富な知識に基づいた解説を通して、園内の建物や場所が持つ歴史的意味をより深く理解することができました。実際に現地を歩きながら説明を聞くことで、資料だけでは感じ取ることのできない歴史の実感を得ることができました。慰霊碑の前では、これまで亡くなられた方々への悲しみと祈りの気持ちを感じ、桟橋では家族や社会との別れを経験した人々の思いに思いを馳せました。解説とともにその場所を実際に見ることで、歴史をより具体的に理解することができ、多くのことを学ぶことができました。
今回の訪問をきっかけに、ハンセン病に関する歴史にもさらに興味を持つようになりました。調べていくうちに、台湾にも日本統治時代に設立されたハンセン病の隔離施設が存在していたことを知りました。このことから、歴史は一つの国だけで完結するものではなく、さまざまな地域や社会とつながりながら形成されてきたものであると感じました。日本の歴史や政策は、日本国内だけでなく他の地域にも影響を与えており、世界の歴史が互いに関連し合っていることを改めて実感しました。
邑久光明園は簡単に訪れることのできる場所ではありませんが、そこには日本社会の歴史を考えるうえで非常に重要で貴重な記録が多く残されています。今回の訪問を通して、歴史を正しく理解し、同じ過ちを繰り返さないために学び続けることの大切さを改めて感じました。この貴重な経験を今後の学びや生活に活かしていきたいと思います。
最後になりましたが、今回の訪問のためにご尽力くださった皆様に心より感謝申し上げます。誠にありがとうございました。


私の母国、韓国でもハンセン病は恐ろしい病気として扱われていました。ハンセン病という名称が定着する前は、ハンセン病はナビョン(癩病の韓国語の音読み)やムンドゥンビョンとも呼ばれ、忌避と差別の対象となっていたそうです。子どもの頃、歴史好きの私はよく大河ドラマを見ていましたが、その時、包帯を巻いた患者が特定の村に隔離されている場面を見たことがあります。明確に記憶しているわけではありませんが、ハンセン病のことを指していたと思います。私が持っていたハンセン病のイメージはこのくらいで、詳しくは知りませんでした。
新大阪駅から新幹線に乗ると50分弱で岡山駅に着き、さらに小型バスに乗り換え約1時間過ぎると、人間回復の橋を渡って長島に入り、邑久光明園に到着しました。そして、自治会の副会長である山本さんの講話を拝聴し、100年を越える歴史について伺うことができ、外島と長島に隔離された方々の歩みを垣間見ることができました。学芸員の太田さんに案内されて邑久光明園の施設について説明していただきました。
短い時間でありながら、ハンセン病とその歴史を知ることができ、病気に対する差別と関わり方に関して深く考える機会になりました。そのなかで、私の心に深く残った言葉は学芸員の太田さんが最後に伝えた言葉です。邑久光明園に入園している方々と付き合ってみると普通のおじさんに他ならないということでした。恐ろしい病気に掛かって、関わってはいけないとされ有害な存在として見なされた方々でしたが、実はその病気を除き何ら異なることもない、またその病気すら恐怖と無知が創り出した幻想に過ぎなかったのです。
多数のために少数を犠牲にすることは果たして合理的であると言えるのか、と疑問に思いました。恐怖と無知が隔離を生み出したとしたら、100年を越える時間の中でそれを挽回するチャンスは幾度かあったのではないかと思いました。人間回復の橋とも呼ばれる邑久長島架橋の運動が始まったのが1970年でしたが、結局開通したのは1988年に至ってからであり、「らい予防法改正」をめぐる問題も1991年から始まったものの1996年に至って廃止されました。これは遅いながらも挽回の一歩とも見なせると言えるでしょう。
ハンセン病はもう不治の病ではなく、薬さえあれば治療できます。日本国内ではもはや発病の可能性が非常に低くなっている一方、世界各地ではまだ発病の可能性があるようです。ハンセン病の歴史を反面教師とし、恐怖と無知が差別をもたらすことのない世界になるように、私は祈ります。そして、私もこの世界の一員として邑久光明園で学んだ智慧をもって貢献していきたいです。


I would like to express my sincere gratitude for the opportunity to visit Oku Komyoen. This visit was a deeply meaningful and educational experience for me, and I am truly thankful to everyone who kindly shared their time and knowledge with us.
During the visit, we had the honour of listening to a lecture by Mr Yamamoto, Vice President of the Residents’ Association. His talk provided us with invaluable insights into the history of Oku Komyoen and the lives of the residents. Through his personal reflections and explanations, I was able to understand better the social background of Hansen’s disease in Japan, the long history of discrimination faced by patients, and the importance of preserving their voices for future generations. His words left a strong impression on me and encouraged me to reflect deeply on issues of human rights, dignity, and social responsibility.
In addition, we participated in a fieldwork session guided by Ms Ota, the curator. Her detailed explanations of the facilities, historical materials, and preserved buildings allowed us to visualise the daily lives of the residents in the past. By observing the actual environment and listening to his commentary, I gained a clearer understanding of how policies affected individuals and communities. The fieldwork experience made the historical facts more tangible and personal, rather than simply information from textbooks.
This visit was not only informative but also emotionally impactful. It broadened my perspective on medical history, public health policy, and the ethical responsibilities of healthcare professionals and researchers. As a student in the field of oral sciences, I was reminded that medical practice must always be grounded in respect for human dignity and compassion. Learning about residents' experiences reinforced the importance of empathy, communication, and social awareness in healthcare.
I sincerely appreciate the kindness and openness of Mr Yamamoto and Ms Ota in sharing their knowledge and experiences with us. Their guidance made this visit an unforgettable learning opportunity. Finally, I would also like to extend my sincere appreciation to the Ichikawa Foundation for organising and arranging this valuable educational trip. Their support made it possible for us to gain first-hand experience and deepen our understanding beyond classroom learning. I am truly grateful for the opportunity provided.
邑久光明園訪問報告書
このたび、邑久光明園を訪問する貴重な機会をいただき、心より感謝申し上げます。今回の訪問は、私にとって大変有意義で学びの多い経験となりました。お時間を割いてお話をしてくださった皆様に深く感謝いたします。
訪問中には、自治会副会長の山本様よりご講話をいただきました。邑久光明園の歴史や入所者の方々の生活について、貴重なお話を伺うことができました。山本様のご経験やご説明を通して、日本におけるハンセン病の社会的背景や、長年続いた差別の歴史、そしてその声を次世代へ伝えていくことの大切さについて理解を深めることができました。人権や尊厳、社会的責任について改めて考える大きなきっかけとなりました。
また、学芸員の太田様のご案内のもと、フィールドワークにも参加いたしました。施設や資料、保存されている建物について詳しくご説明いただき、当時の生活の様子を具体的に想像することができました。実際の場所を見学しながら説明を聞くことで、歴史や政策が個人や社会にどのような影響を与えたのかをより深く理解することができました。教科書だけでは得られない、実体験に基づく学びとなりました。
今回の訪問は、知識を得るだけでなく、心に深く残る経験でもありました。医療の歴史や公衆衛生政策、そして医療に関わる者としての倫理的責任について視野を広げることができました。口腔科学を学ぶ学生として、医療は常に人の尊厳と共感の心を大切にしなければならないと改めて感じました。
最後に、山本様および太田様が温かく丁寧にご指導くださったことに心より感謝申し上げます。そして、このような貴重な学習機会を企画・ご支援くださった市川財団にも深く御礼申し上げます。本訪問を通して、教室での学習を超えた貴重な体験をさせていただきました。この機会をいただきましたことに、改めて感謝申し上げます。


このたびは、国立療養所邑久光明園を訪問した際に、貴重なお話とご案内をしていただき、誠にありがとうございました。
山本様のお話を通して、ハンセン病を患った方々が経験してきた苦しみや差別の歴史について深く学ぶことができました。社会から隔離され、岡山県の長島のような場所へ移され、家族や社会と離れて生活しなければならなかったという事実を知り、大変胸が痛みました。特に、2時間働いてもチキンラーメン一つさえ買うことができなかったという当時の厳しい生活のお話や、ハンセン病を患った夫婦から生まれた子どもが命を奪われてしまうこともあったという暗い時代があったことを知り、非常に心苦しく感じました。
また、政府がハンセン病は治る病気であると発表した後も、社会の差別や偏見はすぐにはなくならないというお話も強く印象に残りました。さらに、長島と本土をつなぐ橋の建設には長い年月がかかり、その実現のために活動されていた方の中には、橋を渡ることなく亡くなられた方もいたというお話を伺い、深く考えさせられました。
太田学芸員によるフィールドワークでは、園内の施設や展示資料について丁寧に説明していただき、当時の入所者の方々の生活や歴史をより具体的に理解することができました。太田様の経験や考えを直接伺うことができたことも、この場所でしかできない大変貴重な体験であり、心より感謝しております。
今回の訪問を通して、ハンセン病の歴史を正しく理解し、差別や偏見の問題について深く考えることの大切さを学びました。この経験を忘れず、これからも学び続け、周りの人にも伝えていきたいと思います。改めまして、このような貴重なお話と学びの機会をいただきましたことに、心より感謝申し上げます。


このたびは、国立療養所邑久光明園を訪問させていただき、貴重なお話を聞かせていただき、誠にありがとうございました。
山本自治会副会長の講話で、ハンセン病の歴史や当時の社会の状況について直接お話をうかがうことができ、大変貴重な経験となりました。
特に印象に残っているのは、お店でハンセン病を理由に入店を断られたとき、「帰るか、戦うか、その二つしか選択肢がなかった」というお話です。もしそこで抗議して戦えば、周囲からはかえって悪いイメージを強めてしまうかもしれません。しかし、何も言わずに帰ると、本当は自分が悪いわけではないのに、その差別を受け入れなければならない状況になります。ハンセン病は感染力がとても弱く、今としてはコロナのような病気にもかかわらず、当事者が社会に合わせて苦しまなければならない状況があったことに、強く心を動かされました。差別がどのような形で人々の日常に現れていたのかを考えさせられるお話でした。
また、太田学芸員によるフィールドワークでは、園内の施設や歴史について丁寧に説明していただき、療養所がどのような場所であり、そこに暮らしてきた方々がどのような生活を送ってきたのかを具体的に知ることができました。建物や資料、実際に使われてきた場所を見ながら説明を聞くことができてとても貴重な学びになりました。また、長い隔離政策の中でも人々がその場所で生活を築き、コミュニティを作ってきたことを知り、深い印象を受けました。
今回の訪問を通して、ハンセン病の歴史は単に過去の出来事として終わるものではなく、人権や差別の問題として今も考え続ける必要があるテーマだと感じました。これまで私はハンセン病について知識として学ぶ機会はありましたが、実際にその歴史や経験を語る方のお話を聞くことで、社会の中でどのような偏見や差別が存在してきたのかをより深く考えるようになりました。また、この問題を通して、人権や社会における差別の問題についても、より関心を持つようになりました。
私は韓国から来ましたが、韓国でもハンセン病に対する偏見や差別は長い間存在してきました。今回の訪問を通して、日本だけでなく韓国でもこの歴史を正しく知り、社会の認識を少しでも変えていくことの大切さを改めて感じました。
今回学んだことを忘れず、ハンセン病に関する正しい知識や歴史を周囲の人にも伝えていくことで、差別や偏見のない社会づくりに少しでも貢献できればと思います。
改めまして、貴重なお時間とお話をいただき、本当にありがとうございました。


このたびは、私たちのためにご多忙の中、邑久光明園を訪問する機会を設けていただき、誠にありがとうございました。職員の皆様に、園の歴史や施設について丁寧にご説明いただき、心より感謝申し上げます。
今回の訪問では、ハンセン病についての歴史や、これまで入所者の方々が経験してこられた差別や偏見について学ぶことができました。これまでウェブサイトで学んだことはありましたが、実際に資料館を見学したり当時の生活の様子を知ったりすることで、その時代の状況や人々の思いをより身近に感じることができました。
特に、病気に対する正しい知識が広まっていなかったために、多くの人が長い間つらい思いをしてきたことを知り、とても心が痛みました。同時に、差別や偏見のない社会をつくるためには、正しい知識を持ち、過去の歴史を学び続けることが大切だと強く感じました。
また、園内の見学を通して、入所者の方々が長い年月をこの場所で過ごしてこられたことを知り、私たちが普段当たり前だと思っている生活の大切さについても改めて考えるきっかけとなりました。
今回の訪問で学んだことを忘れず、これからの学習や日常生活の中でも人権について考え続けていきたいと思います。そして、差別や偏見のない社会をつくるために、自分にできることを大切にしていきたいと思います
。 最後になりましたが、お忙しい中、私たちの見学のために準備やご案内をしてくださった皆様に心より感謝申し上げます。皆様の今後ますますのご活躍とご健康をお祈り申し上げます。


まず、邑久光明園を訪問したことで、日本におけるハンセン病の歴史について単に文章で接するだけでなく、実際に当事者の方のお話を伺い、歴史の刻まれた場所に足を運ぶことで、心の底から理解することができました。邑久光明園の皆様に心より感謝申し上げます。
山本副会長の講義を通じて、かつてハンセン病患者に対する日本国内の認識がどのようなものであったか、そして療養所での生活はどのようなものだったのかなど、その時代を生き抜いてこられた方の口から直接伺うことができ、講義の中で思い浮かんだ様々な疑問点についても質疑応答をさせていただくことができました。多様なお話を伺いましたが、その中でも特に、副会長をはじめとする邑久光明園の皆様やハンセン病患者の方々が、病に対する認識を改善するためにどのような努力をされてきたか、そしてその過程でどのような苦難や屈辱を経験されたのかというお話に深く感銘を受けました。
太田様には園内をご案内いただきましたが、療養所内の施設やかつて使われていた場所など、隅々まで療養所の歴史を辿りながら巡ることができました。特に桟橋や監禁室が強く記憶に残っており、「無菌地帯」と呼ばれた区域があったという事実も非常に興味深かったです。そして案内を受けながら驚いたのは、療養所の施設をはじめ、過去を記憶するために保存された場所がすべて大変行き届いた管理をされていた点です。このような整備状態は、太田様のようにハンセン病とその過去を記憶し、伝えようとする強い思いと、療養所への献身的な姿勢をお持ちの関係者の皆様がいらっしゃるからこそ可能だったのだと感じました。
今回の経験を通じて、世界を見る視野が一層広がったように感じております。このような貴重な機会を与えてくださった市川国際奨学財団と邑久光明園の皆様に、心より深く感謝申し上げます。